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東京地方裁判所 平成5年(ヲ)2052号 決定 1993年2月18日

主文

一  相手方らは、

(1) 別紙物件目録二記載の建物を収去せよ。

(2) 買受人が代金を納付するまでの間、別紙物件目録一記載の不動産について、建物の建築、工作物の設置をしてはならない。

(3) 買受人が代金を納付するまでの間、別紙物件目録記載の不動産に対する占有を他人に移転し、または占有名義を変更してはならない。

二  執行官は、買受人が代金を納付するまでの間、相手方らが第一項記載の命令を受けていることを公示しなければならない。

理由

一  本件は、売却のための保全処分として主文記載の命令を求める事件である。

二  記録によれば、以下の事実が疎明される。

(1) 申立人は、相手方株式会社丙川本社(以下「相手方丙川」という。)に対し、平成二年八月一四日、金三四億円を貸し渡すとともに、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)に抵当権の設定を受けた。申立人は相手方丙川に対して、他にも融資を行つており、それぞれ別の物件(以下「担保物件」という。)に抵当権の設定を受けている。申立人と相手方丙川との金銭消費貸借契約は合計六件、金九七億五〇〇〇万円となつている。

(2) 相手方丙川は、当初は約定どおり利払いを行つていたが、平成三年四月一二日、本件土地以外の担保物件を担保に貸し付けている貸付金四五億円について、利払いを怠つた。その後、相手方丙川は、申立人の再三にわたる催告にもかかわらず利払いをせず現在に至つている。そこで、申立人は、相手方丙川の当時の代表者であつた乙野冬夫に面談を申し入れたが、相手方丙川は平成四年二月以降はこれにも応じなくなつた。

(3) 前記担保物件には、平成四年三月、地上権設定仮登記が経由された。また、平成四年八月ころ、港区南麻布所在の担保物件に、突然、明らかに執行妨害目的と思われる建物が建築され、有限会社丙山出版名義で保存登記された。

(4) 平成四年一〇月、相手方丙川の役員の大半が交替した。役員交替後、新代表者の丁原春夫が申立人事務所に来て、「新役員は相手方丙川の債権者である丁川貿易株式会社(以下「丁川貿易」という。)から派遣されている。」と説明した。相手方丙川の従前からの取締役である戊原松夫(以下「戊原」という。)から事情を聴取したところ、相手方丙川のオーナーでもあつた前代表者の乙野冬夫が丁川貿易に相手方丙川の株式を五〇〇〇万円で譲渡したと説明した。

申立人の社員が、丁川貿易の代表者である甲川竹夫に面談したところ、同人は、「丁川貿易は相手方丙川に貸金があつたところ、前代表者の乙野冬夫から相手方丙川の株式を譲り受けた。」と説明した。相手方丙川と丁川貿易とは、従前から、丁川貿易の所有物件に相手方丙川のために抵当権を設定するなどの関係にある。

(5) 相手方丙川は、平成四年一〇月二二日、一回目の手形不渡りを出し、同年一二月三日、銀行取引停止処分を受けた。

(6) 申立人は、平成四年一〇月二九日以降、担保物件について、順次、不動産競売の申立をした。本件土地についても、地上権設定仮登記権者である株式会社乙原(以下「乙原」という。)及び同移転仮登記権者である相手方戊田株式会社(以下「相手方戊田」という。)に対して、平成四年一〇月一九日到達の内容証明郵便で抵当権実行通知をするとともに、相手方丙川に対して、同年一二月二日到達の内容証明郵便で期限の利益喪失のための通知を行つた。その後、平成四年一二月九日、本件土地につき、競売の申立をし、翌日競売開始決定を得て、同月一六日差押登記がなされた。

(7) 平成四年一二月三日、申立人の社員が本件土地に赴いたところ、本件土地上に別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)が建築されていた。本件建物については、同月九日付で表示登記の申請がなされ、表題部の所有者欄には、戊田株式会社と記載され、平成四年九月一日新築と記載されている。しかし、申立人の社員が、平成四年一一月一〇日に赴いた際には、本件建物は建築されていなかつた。本件建物の電気のメーターには、平成四年一二月一日付のシールが貼られている。本件建物は、床面積五〇平方メートル程度の軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺高床式平家建の建物で、階下は鉄骨の柱のみという、銀座二丁目という物件所在地におよそ場違いな建物である。平成四年一二月二九日には、本件土地は整地され、平成五年一月四日に、申立人の社員が実査したところ、本件建物の内部に机や椅子が搬入されていた。

(8) 申立人は、本件建物が建築されるに至つた事情を調査すべく、平成四年一二月四日、相手方丙川の取締役戊原と面談した。戊原は、「本件建物の建築については、相手方丙川及び丁川貿易は関与していない。」と主張した。しかし、同月一一日、電話で本件建物建築の目的を聞いた際には、戊原は、「競売に対する執行阻止ではないか。」と答えた。その後、申立人の社員が、相手方丙川の実質的なオーナーである丁川貿易の代表者である甲川から事情を聴取した。甲川は、「自分は、本件建物の建築は承知していなかつた。乙原は、相手方丙川の前代表者乙野が借り入れ先を捜していたので、自分が紹介した。申立人が代物弁済の形で土地・建物を引き取るとともに、丁川貿易に承諾料として債権額の三パーセントを支払うのであれば、自分が後順位者らと話をつけて処理する。競売も時間がかかるであろうから考えてもらいたい。」等と申し入れた。

(9) 申立人は、乙原と連絡を取るべく、電話局に同社の電話番号を照会したが、登録されていないとの返答であつた。そこで、同社の本店所在地を訪れたところ、丙田二番町ビルがあり、その八〇二号室の郵便受けには、「株式会社戊山営業統括本部、株式会社甲山電算センター、株式会社乙原、丁野梅夫」と、同室のドアーには「株式会社戊山営業統括本部、丁野梅夫」と、それぞれ表示がなされていたが、留守であつた。

平成五年一月一一日、丁川貿易に対して乙原の電話番号を問い合わせたところ、同月一三日相手方丙川の取締役戊原から回答があつた。その回答のところに電話したところ、丁野と名乗る男が電話に出た。丁野は、「乙原の代表者である。本件土地の借地権に関する書類は揃つている。必要なものを文書で請求するならば、コピーを渡してもよい。地上権設定仮登記を移転した相手方戊田とは、非常に親しい間柄である。本件建物の建築は承知している。相手方丙川から建物を建てる約束で地上権を取得したのであるから、当然建築したのである。(「権利関係が複雑で困つている。丁川貿易との関係及び今後はどう対応するのか。」との質問に対し)、複雑な流れについては、解決方法を提示するから、申立人の窓口を絞つて担当者をよこしてほしい。」と答えた。

また、丁川貿易は、相手方丙川の事務所を甲山商事株式会社の事務所に移転させたが、同社は実質的には丁川貿易と同一の会社である。乙原は、平成四年三月末、相手方丙川から同社が所有する不動産の賃料債権を譲り受けたが、その管理会社として甲山商事株式会社を指定している。

(10) 申立人が電話局の番号案内で相手方戊田の電話番号を問い合わせたところ、登録されていないとの返答であつた。そこで、申立人の社員が、平成五年一月二六日、同社の登記簿上の本店所在地である港区《番地略》に行つたところ、マンションがあり、その九〇一号室の郵便受けに「丙田運輸(株)、甲原花子事務所、(株)甲川、戊田(株)」と表示されていた。九〇一号室のインターフォン用ボタンを押したところ、若い女性が応答したので、「戊田のE社長に会いたい。」と申し出たところ、「本社は神戸にあり、ここにはいない。」との返答であつた。そこで、神戸の電話番号を尋ね、その返答を得た。申立人が調査したところ、丙田運輸の専務取締役である丁田松夫は相手方戊田の代表者であり、丙田運輸の常務取締役である丙原一郎は相手方戊田の監査役であつた。申立人の社員が、前記の神戸の電話番号に架電したところ、「丙田運輸です。」との応答があつた。平成五年二月二日架電したところ、丙原一郎が電話に出たうえ、「相手方戊田は名目上で、取締役の丁田二郎がすべて実行している。」との返答であつた。丁田二郎は相手方戊田の取締役であると同時に乙原の取締役でもある。そして、丙原から聴取した丁田の電話番号は、申立人が丁川貿易を通じて相手方丙川の取締役である戊原から聞いた乙原の電話番号と同一であつた。

三  以上認定の事実、すなわち、本件建物は、申立人が抵当権実行通知を発した直後、本件差押の直前に建てられたものであること、本件建物は、本件土地の場所柄におよそ似付かわしくない簡易な建物であること、本件建物の新築年月日はことさら遡らせた虚偽の年月日であること、本件建物の所有名義人であり、本件土地についての地上権仮登記移転仮登記権者である相手方戊田は、本件土地についての地上権仮登記権者である乙原とは、極めて緊密な関係にあるものであり、また、乙原と丁川貿易とは密接な関係にあること、丁川貿易は相手方丙川の債権者であり、相手方丙川に役員を派遣して、同社をいわば乗つ取つた形となつていること、相手方丙川の実質的なオーナーであり、丁川貿易の代表者である丁山竹夫は、丁川貿易に対する金銭の支払いを条件に競売物件となつている本件土地の処理を引き受ける旨申立人に申し入れてきたこと、等を総合すれば、相手方らは、丁川貿易らと共謀のうえ、執行妨害を目的として本件土地上に本件建物を建築したと認められる。相手方らのこのような行為は本件土地の価格を著しく減少させる行為であり、このまま放置すれば、相手方らは本件建物に第三者を入居させる等、更に本件土地の価格を減少させる行為に出るおそれがある。よつて、申立人に、相手方丙川に対し金一〇万円、相手方戊田に対し金五〇万円の担保を立てさせたうえ、主文のとおり決定する。

(裁判官 松丸伸一郎)

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